06話:来訪者と、魔の誘い
夕暮れが迫る、薄暗い林の中。
あれから、すぐに武装して洞窟を発った俺たち四人。
草木の間を足早に抜けて、とある目的地に向かっている。
可憐な姫騎士装束に騎士剣を携えたキリカ、剣と大盾を装備したアメリア、杖にローブ姿のニーナ。
俺は厚手のフードローブをまとい、武器は特に持たないスタイルだ。役目はあくまで司令塔だしな。
「術式が途切れたのはシエラちゃんの方だけなんですね、ご主人様?」
「ああ、少なくとも今のところはね」
「ナナの方がどうなってるかは、まだわからないってことか……」
ニーナたちのパーティは、女性ばかり+性別のない“一体”で構成されていた。
残りのメンバーは、エルフの弓使いにして精霊術師、シエラ。
そして変わり種、生きた鎧アーマーゴーレムのアールマV7、通称ナナ(名付け親:ニーナ)。
錬金術師に造られた魔法生物が冒険者に加わることは、この世界ではそれなりにあるらしい。
中でもナナは、自分の意思でニーナたちと行動を共にしていた変わり種だったようだが。
「それにしてもあなたの隷属魔法、まさか魔法生物にまで効くなんてね……」
「ま、あれも一種の知的生命体だからね」
「んで解除されちまった原因は、どんな可能性が考えられるんだ、マスター?」
そう、そこが非常に重要なところだ。
術式の効果時間が切れるタイミングは、もちろんまだまだ先だった。
「ひとつはディスペルマジックなんかの解呪魔法。でも、この可能性は低い」
解呪魔法は、かけられた魔法の術式を理解していなければ効果がない。
つまり、半ば伝説化していた隷属魔法を解除する難易度は並大抵じゃない。
ニーナの話では、おそらく今の世界に隷属魔法を初見で解呪できる術師はいないということだった。
「それよりはまだ、単純に魔隷が……死んでしまって自動的に解除された可能性の方が高い」
「そんなぁ……! 無事かなあ、シエラちゃん……」
パーティメンバーの死という可能性に、ニーナが泣きそうな顔になる。
魔隷になっていても、仲間への感情や思い入れは変わらない。
「泣かないでニーナ、まだそうとは限らないわ。あるいは小田森くん……あなたの知らない解除方法が、あるってことにならないかしら?」
「………………」
まさに、そこが俺の懸念だった。
そしてもし、そんなものがあり得たとすると。
この探索にキリカを連れて行くこと自体、彼女にそれを知られてしまう結果を招くかもしれない。
だが、紛れもなく姫騎士は俺の最強の手駒だ。
起こっている謎の事態に対処するには、彼女の力が必要かもしれない……悩んだ末、キリカも同行させるという判断に踏み切った。
「……ま、それを確かめるのも目的のひとつさ」
「落ち着いてるのね。魔隷が死んだとしてもあなたの心は痛まないの?」
「さあね、悲しむかどうかはまだわからないな。……でも」
暗い瞳で、俺は林の奥をにらむように見つめた。
「俺の魔隷に手を出した奴を、俺は許さない。それだけだよ」
「たいした独占欲ね。……そこには、私も入ってるのかしら?」
「もちろん。さあ、先を急ごう」
それきり会話は途絶え、俺たちは暗い林の中をただ駆けていった。
※ ※ ※
「……静まりかえってますね。人影とか、戦闘の痕跡は何も見えません」
片眼鏡にエンチャントされた遠視魔法で、目標地点の偵察結果を報告するニーナ。
俺たちは少し離れた丘の上……遠視魔法の効果範囲ギリギリから、林に囲まれた小さな屋敷を見下ろしている。
彼女たち冒険者パーティが、もしもの時の拠点として用意していたギルドハウスだ。
魔隷から話を聞いた俺は、シエラとナナを、ここに保管されたアーティファクトや魔術書などの回収に向かわせていた。
そして支配が途切れたのは、ちょうど彼女たちがここに着く頃のタイミング。何らかの手掛かりが残っている可能性は高い。
あるいは、原因となった何か……それとも何者かが、まだ中に。
「どうするの、小田森くん?」
「……行ってみるしかないな。頼りにしてるよ、姫野さん」
「はいはい。まあ支配は解きたいけど、死んで解除ってのはさすがにゴメンだし」
自嘲ぎみに笑って、腰の騎士剣に手をやるキリカ。
こうして俺たち四人は、屋敷への突入を開始した……。
※ ※ ※
襲撃や罠を警戒しつつ、屋敷の中へと踏み込んだ俺たち。
二階のほとんどを占める広い部屋に“それ”はあった。
「なんだ、これは……!?」
部屋の中央、床から天井までを虹色の光が円柱状に取り巻いている。
そして内側に倒れている、細身の人影がひとり。
尖っている耳から、エルフであるとわかる。
「シエラちゃん!」
「待て、誰もそれに近付くな! ニーナ、これは一体なんだと思う?」
「ええとぉ、ダメージ軽減用の空間障壁魔法に似てますね……でも、こんな色のものは見たことも……」
これが俺の隷属魔法を解除した原因なのか?
とにかく内部のシエラが生きているかどうかを見極めようとした、まさにその時。
「くふふっ……よく来たのぉ、魔隷術師よ」
頭上から、時代がかった口調のやや幼い声。
空間が紫色の魔力で歪み……奇妙な姿をした小柄な少女がそこに出現した。
真っ白な肌を漆黒のゴスロリドレスに包んだ、ビスクドールのような美少女だ。
大きく赤い瞳には、人を見下すサディスティックな笑みが浮かんでいる。
そして透き通るような長い銀髪から突き出る、雄牛とも山羊ともつかない太い二本の角。
額には、縦長の目玉を模したような紫色のまがまがしい紋様が刻まれていた。
「その角、額の魔紋……まさか、魔族! それも、かなり高位の……!」
「然り。わらわの名はパルミューラ。第四位階に位置する魔貴族である」
空中で脚を組み、悠然と言い放つ、少女の姿をした魔族パルミューラ。
俺よりも2〜3歳年下に見えるが、実年齢は間違いなくケタ違いだろう。
「ま、魔族のランクは全七段階……四位より上は、人間界にはめったに出現しない大物ですっ!」
ニーナの声が震えている。
確か、最下位のレッサーデーモンですら駆け出し冒険者には絶対かなわないような強敵だったか。
はは、まさかこんな大物が出てくるなんてな……!
「ああ安心せよ、そこな娘の命に別状はない、指一本触れてはおらん。
我が秘術、次元断層によって一時的にこの世界より隔絶されておるだけよ」
虹の光に囲まれたシエラを指して言う。
次元断層……つまり、世界自体のレベルで遮断されてるってことか。
なら納得がいく。携帯が圏外になるように、俺の術式も異世界までは届かない。
「まいったね、そんな解除手段があったなんて。ところで、ナナ……一緒にいたアーマーゴーレムはどうした?」
「ああ、このデク人形のことか? 抵抗しおったゆえ、おぬしを待つ暇つぶしの遊び相手になってもろうたぞ、許せ」
紫色の空間から、巨大な赤銅色の全身鎧……魔法生物アールマV7の体そのものを、軽々と引きずり出す魔族少女の細腕。
床にガシャリと落ちたその巨体はボロボロで、あちこちがへこんでいた。
「ナナちゃん!?」
「ス、スマナイ、ゴ主人……! シエラ、守レナカッタ……」
「気にするな、ナナ。無事ならいい……それで魔貴族さんとやら、俺の魔隷にまわりくどいちょっかいを出してくれた理由はなんだ?」
くふふ……とパルミューラの小さな口元が歪み、赤い瞳が俺を射貫いた。
「おぬしと会いたかったからじゃ、数百年ぶりの魔隷術師。
そう……そなたを、我が魔族陣営に引き入れるために、な」
「っ!? なん、だって……?」
俺ばかりでなく、キリカやその場の全員が息を呑んだ。
まさか、俺をおびき寄せるためにこんなことをしたっていうのか。
「ふふ、魔界でも伝説と化しつつあった魔隷術師……その術式の反応がわらわの魔力網にかかった時は流石に驚いたぞ。次元断層まで用意するのは面倒じゃったが、こうすれば必ずここに来ると踏んだからのう」
そもそも魔族とは、魔界で果てしない勢力争いを続けている種族らしい。
人間界には、エネルギー源や生贄となる生物を狩りにきたり、ただ暇つぶしに混乱や破壊をもたらすはた迷惑な存在だ。
「俺の力を、あんたたちの内輪もめに利用できるって判断か」
「なかなか理解が早いの。さよう、わらわの右腕となれ魔隷術師。さすれば、人の身では味わえぬ栄光と快楽、永遠の愉悦を与えてやろう」
石膏のような白い手が、芝居がかった動作で差し伸べられた。
全員の視線が、俺に集まる。
「そうか、じゃあ答えはひとつだ。……断る」
俺は即答した。
それ以外に、答えはなかった。
「……ふむ、聞き違いかの? 従えば、この娘も返してやるというに」
「何度でも言ってやるよ、ノーだ。俺は思う所あって、第二の人生は自分の好きに生きるって決めててね」
「小田森くん……」
「誰かの顔色をうかがって生きるのも、まっぴらごめんだ。誰かを従えることはあっても、俺は誰にも従わない。決してだ」
俺はゲスで悪人だが、だからこそ俺に命令できるのは俺だけだ。
俺はこの世界で好きなように生きて、その結果は全部受け入れる。
それが以前キリカにも聞かせた、俺の唯一のルールだった。
「そして俺の魔隷を奪おうとしたお前を、俺は許さない。俺のシエラは奪い返させてもらうぞ、魔貴族!」
ややあって、くふふふ……と愉しそうに口元をほころばせるパルミューラ。
「そうか、そうか……分不相応な力を得て、慢心しおったか。ならまずは教育してやらねばならんな、その程度の力ではかなわぬ相手がおることをな!」
差しのばされた腕が上下反転し、小さな手のひらに紫の魔力が収束した。
まずい、詠唱もなしでか……と思った時には、そこから球状の魔弾が放たれていた!
「……はぁぁッ!!」
ただひとり、キリカがそれに反応した。
淡い輝きを帯びて振り抜かれた騎士剣が、俺に迫る魔力弾を切り払い、消滅させたのだ。
少しだけ不愉快そうに、片方の眉をはね上げるパルミューラ。
「ほう……聖騎剣技か。忌々しい技よ」
「そう、あなたたち魔族と戦うために編み出されたスキルよ」
黒髪と青いマントをなびかせ、魔貴族に一歩もひるまず剣を突きつけるキリカ。
予想はしてたが、さすが姫騎士、ここまでとは……よく勝てたな、俺。
「なるほど、他の魔隷と違っておぬしは意志を保っておるようじゃの。では、今のうちに聞いておこうか」
今度はキリカに、真紅の瞳が注がれた。
「見ての通り、わらわが秘儀を尽くせば、未熟な隷属魔法は解除できる」
「………………」
「そこな魔隷術師がさぞ憎かろう? わらわに敵対せぬと約束すれば、こやつを痛めつけて刃向かう心を折った後に、おぬしを支配から解放してやってもよいぞ」
なるほどね……断ったことを俺に後悔させるパフォーマンスの一環ってわけか。
キリカが、ちらりと俺を振り返った。
俺と彼女の視線が一瞬、無言で交わった。
「……せっかくだけど、お断りするわ」
「ほう? これはまた意外な……」
「なめないでちょうだい、私は姫騎士! その誇りは、魔隷となっても変わらないわ。人類の天敵、魔族と取引をするくらいなら、このままの方がまだマシよ!」
騎士剣をまっすぐに掲げて、姫騎士キリカは堂々と言った。
俺の前に現れた時と同じ、あの凛とした横顔で。
「ありがとう、信じてたよ」
「嘘ばっかり。とにかく、ここを切り抜けるわよ小田森くん。あなたの卑怯な頭で、作戦を考えてちょうだい」
「ひどい言われようだ……まあいいや、じゃあなんとかしてみるか、みんな!」
「は、はい、ご主人様!」
「ああ、ナナを痛めつけてくれたお返しだぜ!」
キリカとアメリアが前に進み出、後列のニーナと俺を守る陣形を組む。
少女魔貴族は、そんな俺たちを見下ろし、あざ笑う声をもらした。
「くふふ……よかろう……ならば魔貴族パルミューラの実力、そして己の無力。
とくと味わい知るがよいぞ、魔隷術師ッ!」
※ ※ ※
魔隷術師トオル
ジョブ:魔隷術師LV7
スキル:【隷属魔