エピローグ
神話大戦。
人々が自然とそう称した、世界の命運を賭けたあの決戦から一ヶ月が経った。
今日も、ハイリヒ王国が存在した場所からは元気な喧騒が聞こえてくる。鳴り響いているのは職人気質な怒声やカンッカンッという金槌を打つ音などがメイン。復興の音だ。
あの決戦の後、各地に設置されたゲートが再び開かれ、王都前の大草原は多くの人々の再会と勝利を祝う声で満たされた。
その後の数日は、負傷者の治療や死者の確認と弔い、王都が消えてなくなったが為に行き場を失った人々の一時的な住居の仮設などによって多少の混乱があったものの、一致団結していた各代表の尽力により、比較的スムーズに戦後処理がなされていった。
崩壊した【神山】により、巻き込まれる形で破壊されたハイリヒ王国は、神話大戦に参加できなかった非戦闘員――特に職人達が総出で復興に当たり、更にそれを商人達や一般の人々が最大限に支援することで急速に立て直されつつあった。魔法による復興である上に、種族、国の垣根を越えて、世界中の人々が善意かつ積極的に協力しているので、このままいけば半年以内に元の様相を取り戻せるかもしれないと推測されるほどだ。
戦闘の爪痕激しい大草原には、要塞の残骸を利用した仮設住宅が多数建設されており、主に復興に携わる関係者が寝泊りしている。そこには、料理屋や宿屋、雑貨屋なども続々と作られており、あるいはそのまま王都の一部となって都市拡大に繋がるかもしれないほど。きっと、背後に【神山】があったときよりも、活気に満ちた都となることだろう。
その仮設住宅街には、聖教教会の仮施設も作られていた。
かの戦いで、敵はエヒトルジュエの名を語る邪神であるというストーリーにしたため、人々の心の拠り所は、未だエヒトを神とする聖教教会にあるのだ。それを【神山】と聖教教会の本部が消えたからといって、いきなり取り上げては人々が不安になるだけである。
かといって、エヒトルジュエの名をそのまま使って従来通りの聖教教会とするのは、真実を知る者達からすると些か以上の抵抗があった。
そこで“豊穣の女神”たる愛子の演説により、こんなストーリーが世界に向けて発信された。
曰く、エヒト神の本当の名は、エヒクリベレイであり、長らく真名を狂った神――エヒトルジュエに奪われていた。
曰く、エヒトによる世界の危機を知った“反逆者”もとい“解放者”達が、清き信仰を取り戻す為、かつてエヒトに挑んだものの卑劣な手に掛かり討つこと敵わなかった。
曰く、解放者達は、いつかエヒトを倒し得る者に自らの力を授ける為、大迷宮の奥底で眠りについた。そして、異世界から、神によって召喚された選ばれし者に力を授けた。愛子はその代弁者であり、もっとも力を得たのが“女神の剣”だった。
曰く、そうして見事、ハジメ達が【神域】に隠れる狂神エヒトルジュエを打倒した。しかし、狂神エヒトルジュエの最後の抵抗により世界を道連れにする崩壊が起きた。それを、ゴーレムに魂を憑依させ、ずっと人々を見守ってきた最後の解放者――ミレディ・ライセンが、その魂と引き換えにして世界を救った。
真っ赤な嘘、というわけでもない。大体のところ、合っている。ちなみに、エヒクリベレイというのは“七人の解放者”という意味を込めた造語である。きっと、エヒトルジュエと協力し合った等と後世に伝えられるのは嫌だろうという配慮だ。誰の配慮かと言えば、この嘘ではないが本当でもないいろんな意味で微妙なストーリーを考えたのと同じ、どこぞの白髪眼帯男である。
この演説により、早速、今回の神話大戦を書に残そうとしている歴史家達によって、ミレディ達の名が、世界を救った偉大な七賢人として再び歴史の表舞台に上がることになった。
教会の新たなトップ陣に関しては、地方教会の司祭達で構成されている。あの戦場で、聖歌隊に加わっていた者達の内、生き残った者達が中心だ。中央と反りが合わず、地方に飛ばされていた者達がほとんどなので、思考思想も至って常識的であり、人格者が多かったため特に問題はないように思われた。
ミレディがいなくなった【ライセン大迷宮】については、ハジメがミレディ・ゴーレムの代わりとなる生体ゴーレムを作って配置した。ガトリング砲やミサイルポッド、パイルバンカーまで装備しているので、難易度は跳ね上がっているかもしれないが。
その他の大迷宮には特に何もしていない。もう、意味はないかもしれないが、力を求めて挑みたければ挑めというスタンスだ。
神話大戦で大盤振る舞いされたハジメ謹製のアーティファクトについては、ハジメが気絶から目覚めた後、全て破壊した。ガハルドなどは、ほとんど縋り付く勢いで「やめろぉー!」と叫んでいたが、その眼前で全てを塵にしてやった。ハジメ印のアーティファクトを集めるアーティファクトを作ってやったので、取りこぼしもないだろう。
もちろん、カム達ハウリア族には、色々と手を施したアーティファクトを残してある。
ガハルドがずっと恨みがましい表情、というかずっと大事にしていた大切な玩具を取り上げられた子供のような目で、自分をジッと見つめるのが鬱陶しくて、つい小型版フェルニルを贈ってやったら、次の日、何故かハジメは皇帝陛下の親友ということになっていた。余程、フェルニルが嬉しかったらしい。
万が一、ガハルドがフェルニルを使って他国に侵攻した場合に備えて、リリアーナとカムには自爆機能のスイッチを遠隔で入れられるアーティファクトを持たせたと知ったら……ガハルドはいったい、どんな顔をするのか。ハジメは、とても気になったがグッと我慢した。
亜人族と人間族の関係については、帝国側の人間だけでなく、他の人間達も、共に神話大戦を戦い抜いた亜人達に対する感情は変化しつつあった。やはり命を預けあったという事実は、差別意識を塗り替えるには十分だったのだろう。
もちろん、直ぐに肩を組み合えるかと言われれば、そう簡単にいくものではないが、それでも、闇雲に嫌悪できるほどの悪感情は誰も持てないようだった。それは、竜人族の勇壮なる活躍を目の当たりにしたということもあるし、なにより、【神域】に突入した救世の英雄の仲間にもウサミミ少女と竜人女性がいたということがあるからだ。
もはや、神の恩恵を持たぬ見放された種族などとは言えなかった。むしろ、二人の亜人は英雄と並ぶ偉人として、歴史に残るだろうことは明白だった。そんな相手に、どんな蔑みの言葉を向けられるというのか。
そういうわけで、亜人の地位というものが何をするでもなく、急速に人々の間で見直され始めた。その一貫として、聖教教会からは“亜人族”ではなく、今後、彼等の正式な呼称は“獣人族”とする、というお触れが出たくらいだ。
このこともあって、帝国の皇族につけられた“誓約の首輪”も取り外されることになった。せっかく、友好的に共存できるかもしれないのに、皇族の命を握っているとあっては“対等関係”というものが崩れてしまうし、歩み寄りにブレーキが掛かってしまうからだ。
もっとも、だからといって、帝国側に亜人への迫害や奴隷化をさせない保証が何もなくなったわけではない。
「隕石と太陽光レーザーとハウリア族にフル装備、どれがいい?」
“誓約の首輪”が外された際に、ガハルドが不敵に笑いながら「帝国が報復に出ないと信じるのか?」と尋ね、返されたハジメの言葉がそれだった。側近共々、速攻で友愛の握手を求めたのは言うまでもない。帝国は実力至上主義なのだ……
さて、対等な種族といえば魔人族のことがある。
彼等は【神域】に招かれ、その下層領域で眠りについていたのだが、どういうわけが【神域】の崩壊を免れて、戦場から遠く離れた魔都近郊の荒野に放り出されたまま、こんこんと眠り続けているところを発見された。
それは戦後、一ヶ月が経った現在も変わらない。おそらく、再生魔法でも使えば直ぐに目覚めることになるだろうが、今は、戦後処理やら復興やらで忙しく、とても火種となり得る存在を起こすことなど出来ないので、厳重な監視のもと魔都の一角にて封印状態にされている。封印は、ハジメのアーティファクトだ。
ちなみに、魔王城でハジメに恐怖を刻み込まれたあの魔人族達については、ハジメが「面倒い」の一言から同じく眠りにつかせた。同胞を助けるぞ! とか言って暴れられても困るので手っ取り早い措置だ。
もっとも、ハジメに恐怖をたっぷりと植えつけられた彼等が、しかも、【神山】崩しや【神殺し】まで成し遂げたことまで知って、下手なことができるとは微塵も思えなかったが。
さて、このように王都の復興、アーティファクトの回収、帝国への楔の打ち込み、歴史のでっち上げ、解放者達の名誉回復、その他諸々の為に忙しく動き回っていたハジメ達だが、なにも伊達や酔狂で、この世界のあれこれに手を貸していたわけではない。
当然、第一の目的は故郷たる地球――日本に帰ることだ。
一ヶ月もの間、この世界に留まり続け、暇潰しも兼ねて動きまわっていたのは、単に帰れなかったからである。と言っても、別に帰還の手段がないというわけでも、概念魔法を創造できなかったというわけでもない。
理由は単純。“導越の羅針盤”や“クリスタルキー”を作る材料がなかったのである。
概念魔法は強力だ。鉱石に付与することは出来ても、並の物質では発動時の力に耐え切れず自壊してしまう。世界を渡るという難行を前に、一回だけなら使えるはず! などと言う冒険はしたくなかった。
それに、ミュウやレミアを連れて行くとしても、やはり故郷へ帰る道は用意してやりたかったし、シアやティオに関しても、カムやアドゥル達がこの世界に残る以上、たまには里帰りさせて家族と合わせてやりたいとハジメは考えていた。
なので、一度使ったくらいで壊れるようなアーティファクトでは困るのだ。
かと言って、概念魔法に耐える上に、魔法と親和性の高い鉱石と言えば、神結晶以外に思いつかない。だが、奈落に神結晶がないのは確認済み。羅針盤がない以上、世界のどこかにあるかもしれない神結晶を探すのも現実的ではない。
そこで考えたのが、無いなら作ればいいじゃない、ということだ。
神結晶は、千年という長い時間を掛け偶然できた魔力溜りで魔力が結晶化したもの。途方もない程に膨大な自然の魔力が固まったものだ。水滴が岩に穴を穿つが如く。
だが、水滴が穴を穿つところなど眺めている趣味はハジメにはない。故に、そんな道理は反則で捻じ曲げてしまえばいい。
そうして行ったのが、星の力に干渉する魔法である重力魔法で自然の魔素を高速で集束するアーティファクトを作り、それを界に干渉する魔法である空間魔法を使ってアーティファクト人口魔力溜りに注ぎ込むということだ。
それに加えて人外の魔力を待つハジメを筆頭に異世界チート組が毎日魔力を注ぎ込んだ。
結果、一ヶ月を掛けて、見事、直径十五センチメートル程の神結晶を作り出すことに成功した。ハジメが見つけたものに比べれば半分程度の大きさしかなく、“神水”も出ないが、十分、概念魔法用アーティファクトに耐える素晴らしい素材だ。
そして、遂に、今日、“導越の羅針盤”と“クリスタルキー”の作成に入る。
場所は、フェアベルゲンの街外れにある噴水広場。シアの想いが成就したあの場所だ。ハジメ達は、この一ヶ月、一番過ごしやすいこのフェアベルゲンを拠点にしているのである。ゲートがあれば王都までの距離も関係がないので、愛子やクラスメイト達もここで滞在している。人間ではあるが、英雄一行の滞在とあって獣人族は大喜びだ。
広場には、シアやティオ、香織や雫、そしてミュウとレミア以外にも、帰還用アーティファクト完成の瞬間を一目見ようと全クラスメイトが集まっていた。加えて、リリアーナやカム達ハウリア族などもいる。
「よし、やるか。ユエ」
「……んっ」
その広場の中央で向き合うのはハジメとユエだ。ユエの姿は、本来の少女の姿。その日の気分で大人モードになったりもするが、ハジメの膝の上に座ったり、抱っこし